イベント(日本語教育)

オンラインセミナー:日本語学習者の言語発達を促進する授業とは? ―第二言語習得研究の成果を現場に生かす―

講師: 小柳かおる 先生(上智大学言語教育研究センター/大学院言語科学研究科教授)
日時: 2021年9月18日(土) 14:00 - 15:30
場所: オンライン

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【2021/09/30 開催レポート掲載】

こちらのセミナーは終了しました。
お申し込み・ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。

●講師からのコメント

先日は連休初日にもかかわらず、また時差を調整して海外からも参加してくださり、ありがとうございました。セミナーが少しでも、それぞれの授業を振り返るきっかけになれば幸いです。いきなりコースの内容や授業のやり方を変えるのは難しいかもしれませんが、皆さんがセミナーで見つけた改善点が少しずつ蓄積され、そのうち大きな力になって日本語教育が良い方向に進んでいくことを願ってやみません。

●お寄せいただいた質問と、講師からの回答

Q:限られた学習時間のなかで、どのようなインプットを与えるべきでしょうか? 習得に効果のあるインプットや、その与え方について教えてください。
A:行動で学習目標を立て、そのような場面の会話をたくさん聞かせる(またはビデオで見せる)のがいいと思います。『できる日本語』の最初の「聞いてみよう」には会話がひとつしかありませんが、いくつも聞かせられるのが理想です。たくさんインプットを聞かせていれば、アウトプット練習に入った時に、ターゲットの表現などを使う学習者も多いと思いますし、出てこない時にフィードバックとして示せばいいと思います。(ただ、そのような聴解教材は個人でたくさん作成するのは難しいという問題は残ります。)

Q:学習者のレベルや年齢について、言語習得の観点からどのようなことを考慮すればいいでしょうか?
A:年齢については一言では語れませんが、年少者には明示的学習は向かないので、むしろタスクベースの教授法には向いていると思います。年少者の場合は、L1でリテラシースキルをしっかり発達させることがL2の発達の基礎となるとも言われているので、L1の発達も考慮する必要があります。また、学習者の日本語のレベルが上がっていけば、タスクベース以外にも内容中心(教科学習の授業など)により学習のコンテクストを提示し、その中で言語に対する手当てもやっていくという方法も可能になると思います。そのような方法は、CLIL(内容言語統合型授業)と呼ばれます。また、タスクの内容的な複雑さと言語的な複雑さは連動しているとされるので、言語の複雑さを引き出すには、深い内容、抽象的な話題にも対処できるように、タスクの難易度をあげていく必要があると思います。

Q:「気づき」の具体的な例と、どのような「気づき」が言語習得において重要かについて、もう少し教えてください。
A:以前は、「気づき」というといかにも文法の規則に気づくことが重要であるかのように誤解されたことがありました。でも、暗示的な意味での「気づき」もあり、それこそが今は重要だと考えられています。1番目の質問とも関連しますが、学習目標に沿ったインプットを十分受けた場合には、アウトプット活動に移行した時に、インプットとして与えられた会話で使われた表現を自ら使う学習者が出てくると思います。それは、教師が何も教えていなくても学習者が気づいていたということになると思います。もし学習者が使えない場合は、フィードバックとして使ってほしい表現を与えれば、そこで気づく学習者も出てくると思います。

Q:第二言語習得の知見からは、タスクベースの教授法(Task-based language teaching:TBLT)が有効とされていますが、現状の教材や教授法について、どのような課題があるとお考えですか?
A:セミナーの中で統合的アプローチと分析的アプローチの話をしましたが、現状の教材は統合的アプローチになっていると思います。でも、そのようには習得が進まないことは第二言語習得研究でも明らかにされています。統合的アプローチは明示的学習を促進するもので、一見習得が早いように見えますが、持続しないという問題があります。一方、分析的アプローチは暗示的学習を促進するもので、そのような学習は多少時間がかかるのですが、効果が持続します。記憶の面から見ても、明示的学習により習得された知識は、助詞とか受身というように個別にしか長期記憶から検索することができませんが、暗示的学習はタスクのような単位で一つの事例として、関連する表現や語彙が一緒に検索され取り出されるので、記憶としても強固ですし、流暢さも生み出すとされています。従来型の教授法は小を与えて大にするアプローチですが、今後は大を与えて、学習者自身の頭の中で小に分析できるような、発想の転換が必要だと思います。

Q:たとえば、「て形」を教えるときに、ドリルや「て形の歌」以外に、どのような指導法が考えられるでしょうか?
A:辞書形やます形から「て形」に変換させるやり方は好ましくないと思います。行動中心で掲げた学習目標に沿ったインプットを与えて、その中で最初はそのまま覚えればいいと思います。例えば、日常生活について語るようなタスクで文をつなぐために使う動詞は限られています。そして、学習者がその規則性に気づいたり疑問をもったりした時、あるいは異なるタスクで「て形」で提示した動詞が蓄積してきた時に、規則を教えたりするのはいいと思います。説明から始まるのではなく、後から補足的に説明する方が学習者の頭の中にストーンと落ちるような気がしますし、ドリルも必要があるなら、最後に補足的にやる方がいいと思います。その場合も辞書形からの変換ではなく、絵を見せて直接「て形」を言わせる方がいいと思います。

Q:言語処理プロセスで参照される「心的辞書」と、第二言語習得モデルにおける「長期記憶への統合」や「中間言語知識」の違いについて、教えてください。
A:長期記憶にはその形態から、宣言的記憶と手続き的記憶があるとされています。長期記憶の統合という場合、心的辞書は宣言的記憶なので、宣言的記憶に統合されますが、言語処理の一連の流れは手続き的記憶なので、この場合に長期記憶の統合というのは、手続き的記憶に言語処理の一連の流れが統合されることを指します。「中間言語知識」という語は、学習者が持っている既存のL2の知識を指しますが、どちらかというと言語知識や文法知識を想起する用語だと思います。言語処理と習得の関係で論じるときは、あまり使わない用語のような気がします。また「中間言語」というとL1からL2を目指して発達途上にある言語というニュアンスを感じますが、習得の出発点は必ずしもL1ではないので、最近は「学習者言語(learner language)という用語が好まれているようです。

Q:暗示的な学習とは、たとえばどのようなものがありますか? また、明示的な学習とどう組み合わせるのがいいでしょうか?
A:暗示的学習は、行動中心に記述したタスクで学習目標を立て、その場面にみあった会話をいくつか聞かせてインプットを与えるところから始まります。基本的には暗示的な学習メカニズムが活性化されないと、本当の意味で学習者が使えるようにはならないと思います。タスクベースの教授法はそれを目指したものです。シラバスもタスクで構成されなくてはなりません。そして、明示的なモードを使うかどうかはオプションと捉えるべきものだと思います。でも、最初に文法説明や文型練習をするのではなく、コミュニケーション活動を十分にやってから、うまくいかなかったところを後から補うという形にするといいと思います。

Q:JLPTなどのペーパー試験との比較で、言語の習得状況を判断するために、どのような評価が必要だとお考えですか?
A:習得はインプットから始まって、その成果としてアウトプットが出るので、習得の判断には言語産出を見るのが一番いいと思います。クラスのテストとしては、やはり4技能を直接測るべきだと思います。聴解や読解もJLPTのような多肢選択ではなく、理解した内容をもっと自らの言葉で記述できるような問題もクラスのテストでは必要だと思います。読解の多肢選択だと、テキストの該当箇所だけを読んで答えたり、当てずっぽうで答えたりする可能性がありますが、本当に理解しているかを問う工夫が必要だと思います。そのためにも4技能を統合して教えるということが重要になると思います。日本語教育ではJLPTが目標になりがちで、そこが痛い問題だと思います。言語知識を問う科目にある単語の並べ替え問題などは、言語処理のプロセスとは相入れないものだと思います。単語を見て何が言いたいのかを考えて文にするような言語処理のプロセスは存在しないので、そのような練習を繰り返しても、日本語が使えるようにはならないと思います。

Q:学習者の第二言語習得の学習法に対するビリーフをシフトさせるのが難しいと感じています。特に、初級学習者については、どのように対応すればいいでしょうか?
A:もし言語学習が文法を習うことだと考える学習者がいる場合は、行動中心主義の教え方にするなら、テストもそれと一貫性があるものにすることが重要だと思います。そして、実際に教室の外でも使えそうなこと(タスクなど)を教えてくれる授業で、学習者の期待感がますような努力をした先には、学習者も次第にビリーフを変えていってくれるのではないかと思います。

Q:即時のフィードバックをおこなっても、学習者が気づかなかったり、誤りを認識できなかったりする場合があります。特に、録音や録画が難しい場合は、どのように工夫すればいいでしょうか?
A:特にコミュニケーション活動をする中で暗示的なフィードバック(リキャストや明確化要求)をする時は、何かにターゲットを絞って集中的に行う必要があると思います。誤り全てにフィードバックすると、暗示的なフィードバックは気づかれにくいとされています。また、暗示的な気づきは、フィードバックを受けてすぐに目に見える反応(フィードバックされたことを繰り返す、うなずく等)をすることではありません。反応がなくても気づいていることはあります。気づいたかどうかは、その後の発話に活かされているかどうかで判断した方がいいと思います。

Q:「第二言語も母語と同様のメカニズムで習得すべき」というお話しがありました。その詳しい理由を教えてください。また、大人の学習者が限られた時間で効率的に学習する場合にはどうすればいいでしょうか?
A:母語と同様のメカニズムで習得すべきというより、母語と同様の暗示的な学習メカニズムが活性化されないと、実践的な運用能力という意味での習得は起こらないということです。セミナーの中で触れた「転移適切性処理の原理」から言えることです。明示的な学習モードは一見習得が早いように見えますが、それは文法のペーパーテスト上のことであって、使えるようにならないことは日本人の多くが英語学習で経験済みのはずです。暗示的学習は多少時間はかかりますが、効果の持続性が高いです。またコンテクストの中で教えるというのがカギになりますが、それが実践できれば、再び同様のコンテクストに置かれた際には、関連する表現や語彙、文型が一つの事例として一度に記憶から取り出せるので、流暢に使えるようになります。そこで効率的に学習するには、タスクをデザインしたり、フィードバックなどを与えてfocus on formの瞬間を作り出す教師の役割が重要になると思います。

Q:今回のセミナーのテーマに関連して、参考になる書籍や研究があれば、紹介してください。
A:拙著で恐縮ですが、『第二言語習得について日本語教師が知っておくべきこと』が最もセミナーの内容に関連しています。セミナーでお話ししたことはその一部なので、セミナーの内容以外の習得の問題についても書いています。習得全般についてもっと知りたい方には同じく拙著『改訂版 日本語教師のための新しい言語習得概論』(スリーエーネットワーク)を読むといいと思います。さらに研究面について知りたい場合は、くろしお出版の私の共著の専門書の2冊(『第二言語習得の普遍性と個別性―学習メカニズム・個人差から教授法へ』『認知的アプローチから見た第二言語習得―日本語の文法習得と教室指導の効果』)を読んでいただければと思います。また、テストについては関正昭・平高史也編『テストを作る(日本語教育叢書「つくる」)』(スリーエーネットワーク)、TBLTについては英語教育で書かれたものですが、松村昌紀編『タスク・ベースの英語指導ーTBLTの理解と実践』(大修館書店)という本があります。上記の2番目のQ&Aで言及したCLILについては、奥野由紀子編『日本語教師のためのCLIL(内容言語統合型学習)入門(CLIL日本語教育シリーズ)』(凡人社)という本が出ています。

開催情報

■会場 オンライン(Zoomミーティング)
■日時 2021年9月18日(土)14:00–15:30
■参加費 無料

■講師
小柳かおる 先生(上智大学言語教育研究センター/大学院言語科学研究科教授)
近著に『第二言語習得について日本語教師が知っておくべきこと』

講師から
日本語の教室では、教師が授業の流れを考えて、様々な活動がなされていると思います。文法を説明する、口ならしと称して動詞などの形を変える練習をする、モデル会話を覚えさせて学習者同士で言わせてみる、文法の練習問題の答え合わせをする、学習者と週末に起きた出来事についてフリートークをする、などなど。このような一つ一つの活動にどんな意味があるのか、明確に述べることができますか。そして、学習者の日本語の習得に本当に役立っているのか、考えたことがあるでしょうか。そのような教師の行動や教室活動に科学的根拠を与えるのが、第二言語習得研究の役割だと思っています。あなたも日頃の授業を、第二言語習得研究の知見を基に振り返ってみませんか。

■本セミナー参考書
  

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